「たとへばこんな怪談話 =チャット妖怪= 第2話」  翌日、朝早く庄兵は呼び鈴に起こされ、眠い目をこすりながら、玄関 に行った。  玄関には、マックが立っており、庄兵がドアを開けるのももどかしげ に中に入ってきた。  「庄兵、ちょっと聞いてくれ、実は大変な事が判ったんだ」  「なに?」  「昨日君のログを見せて貰ったのだけど、"TOMOE"と言うIDのユーザー がログインされたという記録がないんだ」  マックは、庄兵にログインの記録をプリントアウトした紙を見せて言 った。  「なんだって??」  庄兵は、マックの言葉に完全に目が覚めた。  取りあえず、玄関で立ち話というのも何だからって事になって、マッ クを応接間に通してソファーに向かい合わせで座り、庄兵はマックが指 し出すネットのログイン記録を受け取り、向かいからマックが指で指し 示す昨日のログイン状況を見た。  「…たしかに…"TOMOE"さんは俺が居た時間にログインしていないね?」  「それどころか、"TOMOE"と言うIDの人物は、私のネットの会員には 居ないんだ!」  「…なんだって?」  庄兵は、驚いた。  「それじゃあ…今まで、何度もチャットしていた人は…?」  「えっ…?そんなに何度もチャットしているのか?」  「ああ…」  今度は、マックが驚いてしまった…  「そっ、その時のログはまだ持っているのか?」  慌てて、庄兵の襟を掴みかからんとするマックに  「ある」 と、平然と答えた。  「それでは、済まないが過去のログを見せてくれないか?」  庄兵はマックの求めに応じて、書斎からノートパソコンと光磁気ディ スクのドライブと過去のログが入っている光磁気ディスクを持ってきて、 マックの隣に座ると光磁気ディスクをノートパソコンに繋げて過去のロ グを光磁気ディスクから取り出し、マックに見せた。  マックは、庄兵の前に置いて在るノートパソコンを横取りするように 自分の前に持っていき、自らノートパソコンを操作して次々に過去のロ グを見出した。  暫く2人とも無口で過去のログを見ていたが、  「…こんなに、何度も…信じられない」  マックがその毛無垢じゃらの両手で顔を覆い上を向いてつぶやくよう に言った。  「マック、いったいどう言うことだ?俺は今まで、マックのネットの 会員でない人とチャットを繰り返していたのか?」  訳が判らなくなって、庄兵はまるでマックを責めるような口調で言っ た。  「…うう…マイガッ、こんな事って…」  マックは庄兵以上に混乱していて、庄兵の質問には答えなかった。  また暫く、2人して黙ってそれぞれ考え込んでいたが、埒があかず、 マックは今度は庄兵の過去のログの入った光磁気ディスクを持って首を 捻りながら帰っていった。  後に残された庄兵は、  「いったい…何が起こっている?」 と自問自答したが、答えは出てこなかった。  その翌日、会社の昼休みにマックから電話があった。  「庄兵、2,3聞きたいことがあるが、いいかな?」  「なんだい?」  「昨日借りていった、庄兵の過去のログ記録で、アクセス時間が殆ど 夜中になっているのは、単に君が仕事から帰るのが夜遅いと言うことで 良いんだよね?」  「そうだよ」  マックの口調から、マックはなんだか、庄兵と"TOMOE"がつるんで居る のでは無いかと疑っている様だった。  「君がネットに入ったときに、"TOMOE"と言う人が既にネットに入って いたという記憶はあるか?」  その質問に対して、庄兵は過去のことを思い出しながら、  「うーーん、同時にネットにログインしている人を見るコマンドは、 滅多に使わないから判らないなぁ…電報が向こうから来て、初めて"TOMOE" さんが居ることを知るくらいだ」  そう答えると、マックは舌打ちしたが、  「では、庄兵から"TOMOE"と言う人にメールを送ったことはあるか?」  「いいや、ないよ」  「では、その逆は?」  「それもないよ」  「では、"TOMOE"と言う人がどこの誰だか知っているかい?」  「いいや」  「では、"TOMOE"と言う人について知っているというか、感じ取れるこ とは何かあるか?」  声から推測すると、マックは何かイライラしているようであった。  「うーーん、話している内容は一般的なおしゃべりだけど、話の節節 に何となく古い言葉が出てくる女性だと言う感じがする…」  「そうか…、では、今夜おじゃまして良いか?」  「なぜ…?」  「過去のログ記録を見ると、かなりの確率で"TOMOE"がログインしてい る可能性がある。だから、実際ログインしている所を見てみたい」  「そう言うことなら、こっちは構わないよ」  その晩、マックは庄兵の家に来て、庄兵の書斎のパソコンからネット に入ったが、1時間ほどしても"TOMOE"がネットに入ってくることはなか った…その後、数回に渡り、マックは庄兵の家に上がり込み、何とかし て"TOMOE"を捕まえようとしたが、一向に捕まらなかった。  しかし、それはある日捕まった。  相変わらず、夜中に帰ってきた庄兵を待ち受けて庄兵宅に上がり込ん だマックの目の前で、"TOMOE"がログインしてきたのである。  "TOMOE"は、最初庄兵がネットにログインしたときにはネットにいなく て、暫くしてネットにログインしてきた、それはあたかも庄兵がログイ ンしたのを見計らったように…  庄兵は、マックとの兼ねてから打ち合わせ通り、"TOMOE"からのチャッ トの誘いにいつも通り乗り、チャットで話しながら、何となく"TOMOE"の プロフィールを探ろうとした。  しかし、相手は容易にその正体をつかませてくれなかった。  その内じれたマックが、庄兵からキーボードを奪い取り、 ----------------------------------------------------------------- *チャットルーム ・ ・ ・ [AKIYAMA ] = あなたは、何者ですか? [TOMOE ] = (;_;) [TOMOE ]さんは、チャットルームから退出しました。 ----------------------------------------------------------------- と書いたきり、"TOMOE"はログアウトしてしまった…  「あっ!」  "TOMOE"がログアウトしたことを知ると、マックはばつが悪そうな顔を して、  「…ソーリィー」 と、庄兵に謝った  その翌日、相変わらず夜中庄兵の家に上がり込んだマックは、自ら持 参したノートパソコンである記録を見せてくれた。  「これは、昨日のホストのログイン状況と別の回線からネットに入っ て取ったログだ。丁度庄兵の家からアクセスしている時間だ」  「どれどれ…」  庄兵は、マックの記録を見た。そして  「これって…?」  マックの記録を見ると、そこには"TOMOE"がネットに入ったと言う記録 が全くなかった。しかし、庄兵のパソコンのログ記録には、ログイン中 の人の一覧の中に"TOMOE"と言う記録がはっきり残っていた。  「過去に庄兵がログインしている時間にネットにアクセスしていた他 の会員の何人かに聞いてみたが、"TOMOE"と言うIDの人がログインして いるのを見たことが無いそうだ!」  「何だって?」  「訳がわからん!」  マックは吐き捨てるように言うと、庄兵が出した珈琲をブラックのま ま一気にあおった。  それから数日、"TOMOE"はマックの急いた質問に腹を立てたのか、庄兵 がネットに入っても入ってくる気配がなかった…一方マックの方も、  「この件について、ちっょと整理してみるよ。"TOMOE"についてまた新 しいことが判ったら教えてくれ」 と、言ったきり連絡がなかった…  そうして季節は木枯らしが吹き、やがて来る冬の到来を告げる頃… ----------------------------------------------------------------- *電報が届いています。 [To ID ] = TOMOE : 秋山さんチャットしましょ!巴(^^)/ -----------------------------------------------------------------  と、電報が飛び込んできた。  この電文を読んで、庄兵は怪訝に思いながらも、チャットに応じた。 チャットの内容は、相変わらずの世間話で、マックがした質問について 何も言わないことが帰って不気味に思えた…庄兵は、何とかして"TOMOE" の正体を探り出そうと努力したが、相手はなかなかのしたたか者で、庄 兵の質問をのらりくらりと交わしていた…しかし、突破口は意外な事か ら浮かび上がった。 ----------------------------------------------------------------- *チャットルーム ・ ・ ・ [TOMOE ] = 最近は、夜はめっきり冷え込みましたね。 [AKIYAMA ] = 最近、急に冷え込んだので、体が冷えてなかなか寝付けな いです。(;_;) [TOMOE ] = あら、そう言うときは、毎晩梅酒を一杯飲むと体が温まり ますよ。 [TOMOE ] = 秋山さんちの梅の木は毎年大きくて美味しい梅の実が沢山 できますから [TOMOE ] = 毎年良い梅酒が売るほど在るでしょう? [TOMOE ] = 秋山さんちの梅酒は本当に美味しいですから…(^^) [AKIYAMA ] = えっ…? [TOMOE ] = あっ、いえ、依然梅酒の話題がアップされていたので、 [AKIYAMA ] = さぞかし美味しい物だろうと…(^^;) -----------------------------------------------------------------  一瞬、梅酒の話題に疑問符を立てた庄兵だったが、そのときは、そう かなぁ…と、思っただけであったが、翌日会社の休み時間にネットのロ グを整理しながら  「…まてよ?」 と、思い直した。なぜなら、以前クコ酒の話題をネットに書いた覚えが あったが、梅酒の話題はこのところの忙しさで、まだネットにアップす る文章が途中で留まっていることを思い出したからである。  その日、早めに退社して書斎のパソコンでマックから返して貰った光 磁気ディスクから過去のログを片っ端から調べ始めた。  その結果、やはりネットには梅酒の話題を1つも書き込んだことがな い事が判った。  庄兵は、自分なりに今までのことを整理した。  「まず"TOMOE"さんは…」  庄兵は、ぶつぶつつぶやきながら、書斎のパソコンの前にメモ用紙を 置いて、思いつくままに書き出した。  1.マックのネットの会員ではない…しかし、ネットにはアクセスで    きる。  2.マックのホストにはログ記録を残すことなく、ネットに入ること    が出来る。  3.俺がネットに入る以前にはネット上にいなくて、俺が入ってきた    後、どこからともなく、ネットに入ってきて、俺をチャットを誘    う。  4.俺以外の人は"TOMOE"と言うIDを見たことがない。  5."TOMOE"さんは、ボードに書き込んだことがない。  6.以前、マックと電話で"TOMOE"さんの話をしていたら、"TOMOE"さ    んがログインしなかった。  7.家の梅の木と梅酒のことを知っている。  「なぜ、俺がネットにログインしたことが判る?なぜ、俺以外の人に は見えない?なぜ、俺だけチャットに誘う?なぜ…?」  庄兵は、自問自答をして、それを眺めながら書斎のパソコンの前で頭 を抱えた…そうして整理して推理した結果…  ・1.2.4.の結果は、"TOMOE"さんは凄腕のハッカーである。  …でも、なんで俺をチャットに誘うのか?  ・5.は不明、多分チャッターなんだろうか?  ・3.6.に対しては、不明。  …電話を盗聴しているのか?  ・7.に関しては、梅の木と梅酒について知っているのはあのネット  では俺とマックだけ…マックが他に漏らしていたら話は別…  庄兵は、暫く考えた結果、3つの確認事項を考え、それを一つ一つ実 行した。  まず庄兵は、休日にマックの家を訪れ、自分なりに考えた事をマック に伝え、マックに家の梅の木や梅酒の事を誰かに話したかと訪ねた。  マックは、梅酒についてはワイフに話したことがあるが、それ以外は 自分は誰にも話していないと言った。  続いて、マックの仲介で関内にある盗聴器探しの名人を紹介して貰っ た。  盗聴器探しの名人の所に行くと、早速依頼を引き受けてくれて、その 足で庄兵の家の周りを、電話関係を中心にして探して貰った。  …しかし、結果は以外にも何も見つからなかった…  続いて、マックと打ち合わせをして、その晩、マックに庄兵の家の通 話回線からネットに入って貰い、自分も居間のノートパソコンからファ ックス回線でネットに入った。暫くして、ネットにログインしている会 員一覧のコマンドを実行すると、マックのパソコンには何も起こらなか ったが、庄兵のノートパソコンには、"TOMOE"と言うIDが表示されてい た…  「ナニ!?」  その瞬間、2人ともお互いに顔を見合わせた。なぜなら、庄兵の推理 では"TOMOE"は、庄兵宅の通話回線に反応してログインするものと思った からである…慌てて、ログアウトしてしまった2人であるが、お互い頭 の中は疑問符だらけで、その後、とりとめのない議論を交わした。 =続く= 藤次郎正秀